洗練された居酒屋
ところで近頃はやりの地酒の店、はたまたデパートの酒類売場などを物色していると「純米大吟醸酒」やら「特別本醸造酒」などと、いかにもおいしそうなラベルが目に入るのだが、これらはどういう基準でつけられるのだろう。
「特定の要件を満たしたものは、吟醸酒、純米酒、本醸造酒という特定名称を表示できるようになっています。
原料米のグレード、精米歩合、醸造アルコールの使用量などの違いによって分類されるのですが、たとえば、精米歩合については、本醸造酒は70%以下、吟醸酒は60%以下、大吟醸酒は50%以下と決められています」高級イメージの強い「吟醸酒」は、特別に吟味して醸造することをいい、よく精米した白米を低温でゆっくりと発酵させ、特有の吟香を出すように醸造する。
当然、熟練した技術が要求される。
「蒸すこと一つとっても水加減が微妙で、白米を水につける時間も、ストップウォッチ片手に行うんです、酵母も吟醸造りに適した優良酵母を使って、普通なら15度ぐらいのところを10〜2度ぐらいでじっくりと発酵させなきゃならない、手間がかかるし、杜氏さんも麹造りには徹夜がかりですよ」こうしてできあがったモロミをこすと清酒になるわけだが、その前に、最後の決め手として醸造アルコールが加えられる。
「なぜ醸造アルコールが必要かというと、モロミのときはいい香りだったのに、搾ったらなくなることがある、香りの成分が粕のほうに吸着しちゃうんです、粕というのはでんぷんで、らせん構造だから、香りがその中に入り込んでしまう、それを、外からアルコールを加えて押し出して、酒のほうに戻すんです」これで芳醇な香りが出るとともに、味もスッキリする、ただし使い過ぎるとさっぱりしすぎるので、白米の重量の10%以下に制限されているという。
「消費者のなかには、アルコールを加えて増量するなどけしからんという方もいらっしゃいますが、かえって品質がよくなるんですよ、それに香味を劣化させる州溌献という酒好きのバクテリアがいるんですが、醸造アルコールがその増殖を抑えるんです」しかし、あえて醸造アルコールを添加しない酒もある。
純米酒である。
「どちらかというと味の濃いものが好きな方は、純米酒のほうがいいかもしれません、これはもう好き好きですからね」ところで、国税庁醸造試験所は年に一度、全国新酒鑑評会を開いている。
その年に製造された清酒の品質をチェックし、品質向上をはかろうというもので、明治44年からの長い歴史を誇っている。
審査には醸造試験所の研究室長や各国税局の鑑定官室長などがあたり、香りでは調和、優雅、個性的など、また味ではふくらみ、なめらか、軽快などの項目をチェックして総合評価する。
「同じ銘柄の酒でも、年によって味が違うことがあるんです、酒造りは農業と似たところがあり、米のできとか、天候などに左右されますからね、でも温度管理の技術などが進んだおかげで、前年より悪くなるということはほとんどありませんね、年々レベルは高くなっています」現在、醸造試験所では最先端のバイオ技術を駆使し、新しい醸造用微生物を作り出そうとの研究が進んでいる。
これが実現すれば、また新たな味わいをもつ新種の酒が登場するかもしれない。
辛党にはなんとも待ち遠しい話である。
日本人ほど生の魚の好きな国民はいない。
刺し身、たたき、寿司に酢のもの、あえものと、本当にバラエティ豊か。
なかでも刺し身は、日本人の大好物の1つである。
刺し身のおいしさは、ご存じのようなプリプリッとした「歯ごたえ」と、噛んでから口の中にジュワッと広がる「うまみ」。
ところがこの2つの要素、じつは相反するものなのだ。
活き造りに代表されるように、死んだ直後の魚では独特の歯ごたえと弾力があるが、時間の経過とともにそれは失われ、軟化していく。
逆に、うまみは死んだ直後の魚にはまったくなく、時間の経過とともに出てくる。
刺し身は新鮮であればあるほどうまい、という思い込みがあるが、一流の料亭では、生きた魚をしめてすぐにはお客に出さず、わざと数時間おいてから出すのだそうだ。
硬さをとればうまみがない。
うまみをとれば歯ごたえがなくなる。
お互いのバランスをみてギリギリのところで食べるしかないのだ。
もっと長い時間、魚の硬さを維持することができたら…こんな刺し身好きの期待をになって、魚の肉の弾力性について研究している人がいる。
K大学農学部で助手を務めるAさんだ。
まず、刺し身の歯ごたえというのはどう測るのかというと、「円柱の棒を魚の切り身に突き刺して、ブチュッといった瞬間の圧力を記録して、破断強度という数値に表すのです」死後硬直という言葉を聞いたことがあるだろう。
魚の体は死んだあと、時間の経過とともに死後硬直を起こして硬くなっていく。
では、硬直が進むにつれ筋肉も硬くなっていくんじゃないかと考えがちだが、実際は、筋肉がいちばん硬いのは死んだ直後で、魚体が硬直を起こしたときには、筋肉はすでに軟化しはじめているという。
では、なぜ筋肉は柔らかくなっていくのか。
Aさんは初め、「どこか筋肉の構造が壊れているのだろう」と思ったそうだ。
「ところが、死んだ直後のコリコリした筋肉と、死後まる一日経って弾力を失った筋肉を比較してみても、筋細胞にはまったく違いがみられなかったんです、そこで今度はわざと力を加えて、筋肉を変形させてやった、そしてもう一度筋肉の構造をみてみると、筋細胞自体でなく、筋細胞同士をつないでいる部分が壊れていることがわかったんです」刺し身を噛んだときに感じる独特の歯ごたえを支えているのは、筋肉組織の大部分を占める筋細胞ではなく、それをつないでいる結合組織だったのだ。
筋肉の結合組織は、おもにコラーゲンというタンパク質の1種からできている。
女性には、肌のハリをもたらす成分として化粧品のコマーシャルでおなじみだが、電子顕微鏡で見てみると、魚の筋細胞をつなぐコラーゲンは時間が経つと壊れ、切れたりなくなったりするそうだ。
その後、Aさんはいろいろな魚を使って、コラーゲンが壊れるまでの時間を調べてみた。
まず、コリコリとした歯ごたえが命のフグ。
フグは筋肉細胞が細く、その分結合組織が多い。
そう簡単にコラーゲン成分は壊れないから、2、3日おいても身は硬いままである。
逆にイワシのコラーゲンはとても分解しやすく、3時間おいただけで身はグニャグニャになってしまうという。
ほかに、ヒラメやタイでは、コラーゲンの壊れ始めるのは死後12、3時間目くらいから、ハマチは4、5時間目くらいから、またイシダイは変化がゆるく、一日たってもほとんど変わらないというように、魚の種類によって全然違うことがわかった。
「どうやらコラーゲンには壊れにくいものと壊れやすいものがあって、フグなどの白身の魚には壊れないタイプが多いのでは、と予想することができます。
それはコラ‐ゲンを壊している悪者がいて、たぶん酵素か何か、その活性が違うのではないかと」その悪者の正体を突き止めれば、魚の軟化を防げそうだが…。
「でも、酵素だって何らかの役割をもっているだろうから、むやみに取り除くわけにはいきませんよ」Aさんが注目しているのは、別の方法である。
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